創作見知らぬ人約3分

立ち往生

関越道で雪に閉じこめられたのは、二月の、日曜の夜だった。

月夜野インターの手前で、車が一台も動かなくなった。ラジオは「大型車の立ち往生により」を繰り返していた。フロントガラスにどんどん雪が積もって、ワイパーを動かしていないと十分で前が見えなくなった。

後部座席では、五歳の娘がチャイルドシートで寝ていた。夫は出張で、私ひとりだった。実家の新潟から東京に帰る途中。

ガソリンは半分と少し。エンジンをかけっぱなしにするか、切るか、ずっと迷っていた。マフラーが雪で埋まると一酸化炭素が危ない、とどこかで読んだ。三十分ごとに外に出て、マフラーのまわりの雪を手でかいた。手袋を持ってこなかったので、素手で。

四回目に外に出たとき、隣の車線に止まっていた大型トラックの運転席のドアが開いた。

「奥さん、それ素手じゃ手ぇやられるよ」

五十代くらいの男の人だった。ニット帽に、作業着。トラックの荷台には、どこかの運送会社の名前が書いてあった。

男の人は運転席から、軍手とスコップを持って降りてきて、私の車のマフラーのまわりを手早く掘った。それから車の後ろに回って、雪が吹き溜まらないように、何か板のようなものを立てかけた。

「子どもいるの」

「はい。寝てます」

「腹へってない?」

まだ夜の九時だったが、夕飯はサービスエリアで食べそびれていた。娘はお菓子を少し食べただけだった。

男の人はトラックに戻って、しばらくして、カップ麺を二つ持ってきた。湯気が出ていた。

「トラック、湯わかせるやつ積んでんだよ。電気ポット。長距離だから」

シーフードヌードルと、普通のカップヌードルだった。

娘を起こすと、寝ぼけたまま「シーフードがいい」と言った。私は普通のほうを食べた。こんなにおいしいカップヌードルを食べたのは初めてだった、と書くとうそっぽいけれど、本当にそうだった。

男の人は名前を言わなかった。それから朝まで、二時間おきくらいにトラックから降りてきて、自分のトラックと私の車のマフラーをかわりばんこに掘っていた。一度だけ、窓をノックして「ガソリンどう」と聞いた。「半分です」と言うと、「じゃあ大丈夫だ」と言って戻っていった。

朝の六時すぎに、前の車が少しずつ動きはじめた。

私はお礼を言おうと思って、窓を開けた。でも、トラックはもう動き出していて、大型車の車線を先に行ってしまった。運転席から、軍手の手がひらっと出て、一回だけ振られた。

会社の名前は覚えていた。東京に帰ってから、ホームページのお問い合わせフォームにお礼を書いて送った。返事は来なかった。

来なかったけど、それでいいと思っている。

娘は小学生になった。いまでもシーフードヌードルばかり食べる。

#心温まる話

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