創作学校・先生約3分

くじ引きの班

修学旅行の班がくじ引きになったのは、担任の沢口のせいだ。

沢口は数学の先生で、四十二歳で、ワイシャツの袖をいつも二回だけまくってる。去年の二年生の班決めで何かあったらしい。何があったかは誰も知らない。先輩に聞いても「いや、なんか、あったらしいよ」で終わる。とにかく沢口は、班は好きな者同士で組むもんじゃないと言い出して、教卓に空き缶を置いた。中身は折りたたんだ紙。ダイドーの缶コーヒーの缶だった。そこはどうでもいいんだけど、なんか覚えてる。

おれが引いたのは「4」。

4班は、おれと、バスケ部の小池と、合唱部の西田さんと、久米だった。

久米。二年五組になって半年、おれは久米の声を聞いたことがなかった。いじめられてるとかじゃない。昼はいつも一人で、スマホで何か見ながらパンを食べてる。当てられたら答える。たぶん答えてるはずなんだけど、声が小さすぎて前の席のやつしか聞こえない。そういうやつ。

正直ちょっと期待した。修学旅行で急に仲良くなるやつ、漫画とかでよくあるじゃん。二日目の夜にまくら投げして、三日目にはもう親友、みたいな。おれは自分がそういう役回りをできると思ってた。

できなかった。

一日目は清水寺で、おれは久米に「こういうの好き?」と聞いた。久米は「うん」と言った。以上。次に「写真撮る?」と聞いた。「いい」。以上。小池は途中から西田さんとばっかしゃべってて、誰も決めてないのに、おれが久米担当みたいになった。

二日目の自由行動で、ちょっとだけ事件があった。

金閣寺から銀閣寺に行く予定で、おれたちは市バスの乗り場を完全に間違えた。小池が「こっちこっち」と自信満々で歩いていったほうは逆方向で、気づいたのは二十分後だった。集合時間まであと一時間半。西田さんは半分べそをかいてた。いや、半分じゃなかったかもしれない。

そしたら久米が、スマホも見ずに言った。

「204で行けば乗り換えなしで行ける。たぶん二つ先の停留所から乗ったほうが早い」

全員、久米を見た。

久米が歩きだしたので、おれたちは何も言わずについていった。204系統は本当に来て、本当に乗り換えなしで銀閣寺道に着いた。集合時間の十分前だった。小池が「久米、神じゃん」と言って背中をたたいた。久米はちょっとよろけて、「路線図、見るのが好きなだけ」と言った。それが、久米が修学旅行でしゃべったいちばん長い言葉だった。

ここからだと思った。

三日目、帰りの新幹線。おれは京都駅で買った551の豚まんを一個、久米に渡して、隣にすわった。

「きのう、すごかったな」

「うん」

「路線図って、どこで見んの。ネット?」

「いろいろ」

久米は豚まんを膝の上に置いたまま、イヤホンをつけた。名古屋を過ぎても、豚まんは袋に入ったままだった。おれはしばらく窓の外を見て、それから寝た。起きたら新横浜で、豚まんはなくなってた。食べたのか、かばんにしまったのか、それもわからない。

月曜から、全部もとに戻った。久米は昼にパンを食べて、おれは小池たちと購買に行った。沢口はホームルームで「楽しかったか」と聞いて、誰も答えなかったので「そうか」と言った。

十月の初めに、廊下で久米とすれ違った。

久米の右手が、胸のあたりまで上がった。おれに手を上げたのかと思って、こっちも上げかけた。

久米はそのまま、首のうしろをかいていた。

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