二百一回目
二百回目のオーディションに落ちた帰り、俳優をやめようと決めた。
十年、落ち続けた。小劇場の端役とか、再現VTRの通行人とかはたまにあった。でも、名前のある役は一度もない。
三十二歳。居酒屋のバイトで食いつないで、実家からは毎月「帰ってこい」と電話が来た。母の電話は、毎回同じで、最後に「で、ちゃんと食べてる?」と言う。食べてなかった。
最後に、十年通った演劇の先生のところに挨拶に行った。
「やめます。お世話になりました」
先生は、何も言わずに、古いファイルを出した。
僕のオーディションの記録だった。二百回分。受けた役、課題の台詞、審査員の一言コメント。先生が、全部取っておいたらしい。
「おまえ、一回目と二百回目、同じ台本だったの知ってるか」
知らなかった。
先生はノートパソコンで、二本の動画を並べて再生した。十年前の僕と、先週の僕。同じ戯曲の、同じ場面。偶然、課題が重なっていた。
十年前の僕は、台詞を叫んでいた。顔が真っ赤で、手の置き場に困って、ずっとズボンの横をつかんでいた。見ていられなかった。
先週の僕は、違った。叫んでいなかった。間があった。目線が一回だけ下がった。
「落ち続けた。でも、止まってない。二百回分、うまくなってる」
先生は、ファイルを閉じた。
「あと一回だけ受けろ。落ちたら、そのとき一緒に、やめる理由を考えてやる」
二百一回目。低予算の映画の、主人公の父親の役だった。台詞は少ない。夢をあきらめかけた男の役。
役作りは、ほとんどしなかった。する必要がなかった。
一週間後に電話が来た。受かった。
映画は、都内の小さい映画館で二週間だけ上映された。初日、舞台挨拶で監督が言った。
「この役は、彼しかいないと思った。十年落ち続けた人の顔をしてたので」
褒められているのかどうか、よくわからなかった。
客席の一番後ろに、先生が座っていた。上映中、ずっと寝ていたらしい。あとで「いびきがうるさかった」と劇場の人に言われた。
読み終えて、どうでしたか